大島智衣の「oh! しまった!!」

しまったあれこれ随想録

〈7〉やさしさライセンスぅ

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天童よしみ似の銀座のママのお店でアルバイトをしていた、20代のある頃。

ほぼ同時期に入った年下のMちゃんは、群馬県桐生市出身のきっぷの良い“からっ風”女子で、いわゆる元ヤンだった。
銀座の前は赤羽のお店で長い間働いていたらしく、年季の入った酒ヤケしたハスキーボイスで繰り広げるトークはキレッキレで、カラオケでEGO-WRAPPIN'の『くちばしにチェリー』を歌わせたら右に出る者はいなかった。元カレは服役中だった。

20代前半にして既に肝っ玉母さんのような風格があったMちゃんは、誰にでもやさしくて面倒見がよく、仕事もしっかりとこなすし、「いつかはじぶんのお店を持ちたい!」とママに付きっきりで銀座の仕事を学ぼうとしていた。
私はそんな二人のアフターによく連れ立って、お寿司屋さんやカラオケスナックでただニコニコしていた。

Mちゃんはよく、事あるごとに「やさしさライセンスぅ⤴⤴⤴」と口にした。

「おしぼり畳んどいたよ、Mちゃん!」
「おっとー、やさしさライセンスぅ⤴⤴⤴」

「Mちゃん、テーブル拭いといてくれたんだ? ありがとう!」
「いえいえ、やさしさライセンスぅ⤴⤴⤴?」

“やさしさライセンス” ……まったくもって謎であった。

おどけるように、かなり尻上がりで勢い良く発せられるこのフレーズたちの意味が最初はわからなかった。
だが、たぶんそれらが、「やさしさ」という名のライセンス(=免許)を付与するに値するほど「やさしいね」「ありがとう」「どういたしまして」だねっ。という意味合いを表現するのにオールマイティーなフレーズである……ことに気づくのに、当時の私は少し時間を要した。

「やさしさ」という名のライセンスを、私はMちゃんから毎日毎日たくさん貰った。
「やさしさライセンスぅ⤴⤴⤴」と言ってもらえると、そのノリには乗れないなぁ……と若干引きつつ、嬉しかった。

調べてみたら、「やさしさライセンス」という曲が存在することを今になって知った。CHARCOAL FILTERというバンドの楽曲で、なんともせつない歌詞とエモみ極まるメロディーライン。
当時Mちゃんは、この曲を聴きながら塀の中の元カレの帰りを待っていたのかもしれない……。

もうずっと、Mちゃんに会っていない。
どこかでじぶんのお店を持って、ママになっているだろうか。
「やさしさライセンスぅ⤴⤴⤴」、まだ言ってるだろうか。

そんなことを、あの忘れられないフレーズとともに思い出しながら、街角で“やさしさライセンス”な風景を見つけると、日々写真におさめている。
心の中で、あの頃はできなかったMちゃんのテンションで「やさしさライセンスぅ⤴⤴⤴」と唱えながら。