大島智衣の「oh! しまった!!」

しまったあれこれ随想録

〈10〉大晦日を裏切る者は、大晦日に泣く

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一年365日のうちで大晦日が一番好きだ。
つい数日前にまた過ぎ去ってしまったのが惜しまれる。

台所でおせち料理を仕込む母を横目に、ぬくぬくのリビングでソファに寝転がり紅白を流し観しながら、時たま筑前煮を盗み食いしに行ったりする。父が隣の自室で同じ紅白を観ている音が漏れ聴こえる。

ただそれだけのなんでもない退屈な時間がなんと幸せなことか。
赤組が勝とうが白組が勝とうがどうでもいい。
年の瀬感を感じさせてくれる紅白がテレビから流れ、『ゆく年くる年』に切り替わりふっと寂しさを感じるのも束の間、みなとみらいの方角からボーと船の汽笛が聴こえてきて、新たな年の訪れを知る。

「明けましておめでとう! 今年もよろしく!」
そう言い合う5人家族から、近年では弟2人は居たり居なかったりになってしまったけれど、生まれてこの方40年、独身の娘であるところの私は毎年同じようにずっと過ごしてきた。

それでも、一度だけその慣例を破り、想いを寄せる男子と過ごそうとした年がある。

家から小一時間ほどの三浦半島の農家に住み込みで働いていた頃、同じく住み込みで働いていた一人の男の子を好きになった。言うこと成すこと自由人で、扱いづらいその男子が最初は苦手だった。

それが、当時はそれを「“あいのり”症候群」と心の中で呼んでいたけれど、その名を冠した旅バラエティー番組よろしく、男女が同じ空間で長いこと過ごしていると、そのメンツの中からどういうわけか誰かを好きになっちゃう摩訶不思議な症例が住み込み組の中でいくつも見られ、そんな環境で長いこと過ごしていた私もどこか麻痺しヘンになっていたのか、苦手だったはずの男子をいつの間にか好きになってしまっていた。

そんな折、近づいて来ていた年の瀬に意を決して彼に告白した。
すると、
「俺、結婚するまでは同時に何人とでも付き合うつもりでいるけど、それでもよければ」
と言われ、平素なら「は!?」と一蹴できたはずの状況なのに、あいのり症候群とはコワいもので「そっか……わかった」などとしおらしく受け容れてしまったのである。
ホントどうかしていた。でも、どうかしていたのは私だけじゃなくて、なぜか“あいのりバブル”でモテまくっていたその男子は他にも数名の女子から好意を寄せられていた。
共同生活とは男女の何かを狂わすことを、心穏やかに過ごすつもりで身を寄せた農村生活で私は知った。

で、バブル男子が「でもキミのことまだよく知らない」などとのたまうので(こっちは、①サイアクの出会い→②意外!もしかしたらイイ奴!?→③トキメキがとまらない!……なんて数ヶ月かけて胸きゅんドラマ3話分くらいまで進行してんのに!!)、横須賀の大晦日カウントダウンイベントにデートに誘い、二人で行く約束をした。私としては家族と過ごす大晦日への裏切りとも取れる決断だったけれど、心躍る一大決心イベントだった。

それが! 当日になってバブル男子から「ゴメンやっぱり行けない」とドタキャンひよりメール!
それに対し、「ひどいひどいひどいひどい」とちょっと病んだメールを返してしまったら、「わかった」と渋々な返信が来てやっぱり行けることなり、農家最寄りのバス停で待ち合わせた。

駅へ向かう大晦日のバスは私たち以外の乗客はいなかった。
バスに乗り込み、後方の二人掛けの席の窓際に詰めて私は座った。が、当然、隣に座るものと思っていた彼は、通路一つ空けた反対側の座席に腰を沈めた。
な・に・そ・れ! メッチャ拒絶してくれてんじゃーんッ! なにそれひどいひどいやっぱひどいー。と心折れそうになるも、彼が寒かったらと持参したブランケットを「はい」と差し出した。
しかし! それすらも「いらない」。もうッ完全に心が折れた。
駅に着いて、改札まで来たところで彼に言った。「帰っていいよ……」
少し驚いて私の顔色をうかがう彼。
「いいから」と念押しし、私は改札を抜け階段を駆け上がった。背中越しに、ひょうひょうとした彼の声で「よいお年を―」と叫ぶのが聞こえたけど、振り返らなかった。

さみしくてかなしくて寒くって、京急線のボックス席にうずくまるようにして、そのまま横須賀を通り過ぎて実家に帰った。
途中、ノリノリに浮かれカウントダウンイベントへ向かう米軍パリピたちによる乗車率120%の車両で身も心も押し潰されそうなりながら。
そうして結局、いつもと変わらない家族と過ごす大晦日を過ごしたのだった。最初から家族との大晦日を大切にしていれば!

いやもう、そもそも、彼の中で私はナシだったのだろう。
それでも、約束を守って来てくれようとしてくれただけでも、お気持ちありがたく受け取らせていただかなくちゃ……?
にしても! やっぱりひどいよと思い出される大晦日の大失恋。やっぱり、家族と過ごす大晦日が一番だ! と悔し紛れに再確認したいつかの年末だった。
くそぅ……そやつが普通の生活に戻った暁にはあんなあいのりバブル、大破裂しハジケたことを祈る!!!

2017年の大晦日は、大腿骨を痛めた母が寝たきりとなり例年通りとはいかなかった。 もうこれからは、いろいろなことが毎年同じとはいかないのかもしれない。
それでも、いつもと変わらずに過ごしたくて、介護ベッドを囲みながら一緒に紅白を観た。台所仕事から解放された母は、いつもよりゆっくりと過ごせたかもしれない。

次の大晦日まであと362日。もう既に今年の大晦日が待ち遠しい。