大島智衣の「oh! しまった!!」

しまったあれこれ随想録

〈31〉新しい弟はギャル男

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3年ぶりに浮気をした。
彼と遠距離になってしまい、手近なところに手を出してしまったのだ。美容室の話です。

昨夏、「菊池亜希子ちゃん可愛いなぁ。菊池亜希子ちゃんになりたい」とバッサリ切ってもらったら田嶋陽子女史になってしまって以来、髪は伸ばしっぱ。もうとっくに肩に着いた毛先の、ざっくばらんさが気になっていた。

けれども、ここ数年お世話になっていた美容師さんが独立し、少しだけ遠くの街へ。しかも微妙なことにその最寄り駅は、「できるだけもう会いたくないなぁ……よよよ」と私が思っている人が住んでいる駅だったりして、余計にどうしたものかと思っていた。

毛先、整えたくも 美容院、行き難し

んな「少年老い易く 学成り難し」みたいなこと言ってもどうしようもないんだけれど。 ならば、とお勤め先の近くに昨年オープンした所へ行ってみようと思った。古民家カフェが併設された素敵めサロンである。

早速、ウェブサイトを覗いてみると、カットは5,000円。ご新規さんは1,000円引き。優しいお値段!(難しい立地に佇む恩恵か?)

スタッフさんは写真を見る限り……ギャル男、カーショップオーナー風、ガッシリ体育会系短髪の3人。なんとも選びづらい! 特にギャル男さんは相性キビシイかもなぁ。指名するなら、店長でもある体育会系さんかなぁ。

と、ある程度算段して予約の電話をしたというのに、「ご指名は?」と訊かれて思わず「特にありません」と答えてしまった。なんの遠慮であるか。ギャル男になったらどうする。

ギャル男だった。 しかし、生ギャル男氏は写真よりもずっと小綺麗で、俳優・大谷亮平の8歳年下の弟といった風だった。整った顔立ちで、香水の量が半端なかった。

いいのだ、こういうのは運に任せるのがいい。 元カレ、いや、前の行きつけの美容師さんだって「お任せで」で引き当てたナイス美容師さんだったではないか。きっと大谷弟とも……

噛み合わない! 私が笑うところで真顔はヤメてー。

やはり、私にギャル男など無理なのだ。野性味溢れる香水が私には、蚊取り線香に燻されたがごとく精神に直に効いてくる。こんなずんぐりむっくりな女は臆してしまう。

「長さは変えずに毛先を整える、と。では、まずはシャンプーを」

促されるままシャンプー台へ腰を下ろす。

「倒しますねー」

ひゃあ! 今、「押し倒しますね」って言った?
歯医者でも美容院でも、いつもこの決まり文句にドキッとする。椅子だよバカッ、倒すのは!

おとなしく、されるがままにシャンプー。 なんて気持ちがいいのだろう。4,000円で、イケメンが、シャンプーして髪まで切ってくれる。
うむ。愛想笑いすらしてくれなかったところで贅沢は言えまい。

美容院では、雑誌は読まず、どうでもいい会話をするでもなく、ただうつらうつらしていたい私を、叩き起こすかのように「毎朝のブローのコツ」を伝授してくれたりしても、今日ばかりはしっかりと聞こうではないか。若干引っ張り気味で乾かすのねっ、了解!

夢のような時間はあっと言う間に終わった。毛先揃えるくらいだからこんなものか、と名残惜しくレジに向かった。

彼の両手が目線近くに入る。さっきまでは鏡越しで遠くてはっきりは見えなかったけれど、結構荒れてしまっている。爪は、マニキュア塗った? というくらいに染まってしまっていて。思わず「頑張ったんやねぇ……」と、母親か姉かくらいの気持ちになった。

恥ずかしがらず、真っ直ぐに彼の目を見据えて「ありがとうございました」と御礼を言った。彼はちょっとたじろいで、笑った。

帰り道、全身が大谷弟の香水の香りに取り巻かれているのがわかった。
また、来ると思う。私には弟が二人いるが、三人目の弟として時々様子を見に行く姉のような気持ちで、来ようと思う。その時は「アンタちょっと香水つけ過ぎ!」と口やかましく言ってもみたい。言えないけど。