〈62〉あぁ、無情 〜パンを盗まれた側の物語〜
『レ・ミゼラブル』のジャン・ヴァルジャンといえば、たった一切れのパンを盗んだために19年もの投獄生活を送ることになったが、これはその “パンを盗まれた側” の物語である──。
友人の結婚式2次会に参加したホロ酔いの帰り道、私は一つの箱を抱えていた。
「食べきれないから貰ってくれない?」と披露宴に出席した友人から譲り受けた引き出物、高級そうなオレンジ色の箱に入った人気店のデニッシュ食パンだ。
断る理由もなく手放しに喜び、家に帰ってそれをムシャムシャ食べるのを想像し楽しみにした。
そうして電車に乗り、箱を網棚に乗せて昏睡した小一時間後、下車駅に着いて、(おっと、パンを忘れないようにね)と見上げたそこには、網棚には、パンの姿などどこにもなかった。
盗まれたーーー! パンを!!!
京浜東北線の車内に現れた21世紀のジャン・バルジャンに言いたい。
「たった一切れのパン」とおまへは思うかもしれない。金めのものではない、と悪びれもしないかもしれない。だけど、だけれども、結婚式の引き出物を盗るなんておまへはなんて非道いのだ。
それになにより、おまへはジャン・バルジャンなんかじゃないね。
彼、ジャンが盗んだのは、飢えた子に食べさせるための「ひと欠片のパン」だったけど、おまへはね、何よりもおまへの罪はあのパンの入ったオレンジ色の箱を、見た目ソックリな高級ブランド・エルメスの箱だと思ったね!?
「あ、エルメスだ。持ち主が寝てる隙に持ってっちゃえ。わーい」
なんて罪深いんだろうおまへは。そしてなんて愚かであろう。
だがその報いは箱を開けた時に受けるがいい。
パンだぞ中身っ!!
ふんっ。でもそのパン、おいしいんだよな……あぁ、無情(涙)。