〈63〉恋と葱の住む世界

スーパーの買いもの袋から、長ネギがびよーんと出ている人生に憧れていた。
家庭的だから、とかじゃない。生のネギ全般が、私は食べられない。
今日のランチのサラダにもタマネギは入っていて、はじきながら、それでも「ちょっとずつ食べられるようになったらいいね」とあるお気に入り男子が言ったから──食べてみようとしたけれど結果、やはりむかむかとして落ち込んだ。
ネギ・タマネギ嫌いは、世間から煙たがれる。
「人生損してるね」と不憫がられる。
「血液ドロドロになるよ」と警告される。
私だってこんな世界のメジャー食材、食べられる側でありたかった。
「おいしくなーい」とわがままに好き嫌いしているわけではなくってさ?
全身全霊で、ニガくて、クサくて……マズい(ごめん)。
口の中が、胃が、むかむかとして、その不快感が食べ終わったあともしばらくずーっと続く。消化もうまくできないのだ。
これはもう、アレルギーに等しく全じぶんが拒絶しているとわかるし、私だってそんなじぶんが煙たいし不憫だし、かなしい。
味覚的にも、消化器的にも、ネギと私はきっと……住む世界が違う。ネギと私で全24話のドラマが作れるだろう。ネギが財閥男子(パク・ネギ)で、私が貧乏女子(ボン・ビー)だ。
後ろめたさも、ずっとある。
お店で、
「“ネギ抜き”でお願いできますか?」
と声を掛けるたびに、申し訳なかった。
よけて残してしまうことになるネギがもったいないからそうお願いするのだけれど、作り手にとってはそれが、逆にわずらわしかったり、料理の仕上がりの見た目が左右される悩ましさがあるだろうとも、わかっていた。
それでも、「ちょっとずつ食べられるようになったらいいね」とあるお気に入り男子が言ったから──そういうことじゃないんだけどなと思いつつ、彼がそう願ってくれたから♡と言葉の魔法にでもかけられたつもりで今日もまた挑戦してみた。
……けどダメだった。魔法にネギは圧勝した。
あはれお気に入り男子への密かな想ひ、からの無茶。
むかむかむかむか。身も、心も。
だから、もう──
私はムリをしない!
むかむかしたついでに、そう決めた。
ありのままの私でいよう! Let it be.
ネギが食べられないじぶんを卑下せず受け入れよう!
私らしく、ネギのない人生を堂々と生きるんだ!
むかむかした勢いで、そうじぶん流に“ネギ”を消化できた。
かくして。財閥男子パク・ネギと貧乏女子ボン・ビーのドラマ最終回のカットはこうだ。
延々いろいろあった末、たどり着いた町中華のカウンターでラーメンを食べるふたり。
パク・ネギ「もらうよ、ネギ」
ボン・ビー「ありがとう」
微笑み合うふたり──ハッピーエンド。めでたしめでたし。
ネギが食べられないなら、ネギが好きで(贅沢を言えば私のことも好きな?)誰かに食べてもらえばいい。
それでこそ、ネギと私が共に愛し愛され生きられる世界だ。
“スーパーの買いもの袋から長ネギがびよーん”
その憧れについては、別の叶える食材をちょうど見つけた。
── セロリだ。
これまで私が買うものではどんなに長くてもプリングルスの筒が関の山だったけど、今日スーパーに寄ってひさびさに買ったセロリが、レジ袋からびよーんと飛び出たのであった。
帰り道、それはもうるんるんだった。
血液をサラサラにする成分も、セロリの葉には含まれているらしい。