大島智衣の「oh! しまった!!」

しまったあれこれ随想録

〈42〉ヒツジと歩けば

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先日、生まれて初めてホストに声を掛けられた。驚きである。

これまで、どんな街でも、彼ら道端にわんさかたむろしているホスト諸氏たちは、きれいに私をよけてくれていた。そういうものだと思っていた。
それが、夜9時過ぎ、駅までの道を急ぐショッピングモールで、一人の男の子が近寄って来たのである。

「あの、すいません」

ホストにしては少々野暮ったい、おそらく新人君。見た目はイケイケな感じはなくて、そこいらの大学生といった風。

え、ホスト嘘だ? とビビりながら足早に無視を決め込んだ。
しかし、彼は着いてくる。ずっと。ずーっと。え、まだ? というくらいまだまだずっと着いてくる。
平素、優しい一般市民として社会に溶け込もうとしている人間には心苦しくなるほどに並走ならぬ並歩をやめることを知らない。それが彼らの手なのだろうけど……。

それで、もう限界だ! というところで遂に「なんですか?」と返事をしてしまった。優しい市民風に。すると彼は、

「じぶん、ホストやってるんですけど。寄ってきませんか?」

寄るか! 即座に「帰りますっ」と、コンビニの店員さんにまるで「からあげクン チーズ味 ひとつくださいっ」と言うときのように愛想よく断った。

それでも、彼は着いてくる。なんだなんだ、なんなんだよう! 私が行くわけなかろうよ! お金持ってるように見える!? そんなに寂しそうに見える?? そう思いながら、去ってくれ〜いいから去ってくれ〜と念じていると、

「じゃぁ……お時間いただきありがとうございました!」

と丁寧に礼を言って彼は立ち止まり、ずんずん、ずんずん、私たちは離れていった。

……新人研修、だったのかな? と思う。
誰でもイイからまずは声掛けて、当たって砕けて、慣れていけ! とか先輩ホストに教育されてる最中だったんじゃないかって。OJT(実務訓練)中だったんじゃないかって。私を練習台にしてね。だとしたら……くっそう!!

だけど、どういうわけか、彼を振り切って駅に近づくに連れて、なんだか、なんていうかたぶん、「うれしい」って気持ちがした。
たとえ新人研修の一環でも、彼らにとってはお金のためでも、じぶんに取り合ってくれたことが、うれしくて、泣けてきて、癒やされた。

あー、なるほど。ホストクラブってこういうことねー、と実に頷けた。
練習相手だったかもしれない私もちゃっかり、ホストにはまる気分をほんの少しOJT体験。こんなじぶん、ちょろすぎて危ない。でも……

話、聞いてもらいたいもの。

だから、こういうのないかなと思う。 駅まで5分10分歩く道のりの間、物腰穏やかな青年がただ隣で並んで歩きながら話し相手になってくれる、送りオオカミじゃない“送りヒツジ”サービス。 タクシーみたいにそこいらを歩いてくれてたら手を挙げて速攻掴まえます。